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通常の状態を誉める


たとえ話として集団開きの頃を取り上げてみます。

学級が組織されて一番初めの集まりでは、担任の先生はどんな先生だろうか、周りの友達はどんな子だろうかという期待感、あるいは不安感から、しんと静まって話に集中していることが多いと思います。
これは、当たり前のことであり、この状態を普通の状態として捉えるところから以後の指導を始めます

たしかに、子供達にとってこの状況というのは期待感とともに一定の警戒心をもって、環境の変化にともなう不安から自己防衛を優先させている状態といえるかもしれません。
そう言う意味では、ある種特殊な緊張状態におかれていると捉えることも出来ますが、そこをあえて普通の状態と捉えるのです

この状態を、特殊な状態と捉えてしまうから、だんだんとたがが外れるように緊張状態がほぐされて行き、その内、身勝手わがままな姿さえも子供らしさと解釈してしまったり、子供はこんなものだ、仕方がないと大目にみてしまう。
極端な話が、集団の騒がしさも子供らしさと捉えてしまう感覚。そういう感覚の対応の行く末には、指導の困難な状況が待ち受けます。

誤解のないように付け加えておきますが、緊張感を保つために一年間縛り付け、押さえつけるなど以ての外。
一人ひとりを出来るだけ深く理解していくのも当たり前。
何も鬼のような振る舞いで、緊張感を継続させると言っているのではありません。
学級開きの頃のいい部分としての緊張感を持ち続けられれば、落ち着いた雰囲気の中で授業を受けることが出来、継続的に子供達の学習権が保証されることになるということに異論はないでしょう。

話を戻しますが、反対にもし学級開きの頃にざわついて収拾がつかないようだと話は別(待ちの指導)になります。
しかし、この緊張感を当たり前で普通の状態として誉めるのです。
誉められることによって、当たり前に過ごしている普通の状態を追認されることになり、この状態を最低は維持していける素地が、指導者により保証されるのです。
この水準を最低維持していれば、心地よく誉められる。
子供達にこの感覚が目覚めれば、普通の状態が繰り返されることになり、通常の状態へと進化を遂げます。
そして集団の感覚は、正の思考回路に入ります。
指導者はこの水準、つまり学級開きの頃の良い意味での緊張感が通常の状態になった集団を、高みへ引き上げていくための要求を、小出しにしながら、育てていけばよいのです。

この手順を踏まないと、集団行動に対する善悪基準の裏付けがゆるみ、行動の堕落へつながりかねません。危険なのは先ほど述べた、騒がしさも子供らしさと捉えてしまうような指導者側の感覚です。そして、いずれこの基準状態を崩していくような行動が出てきたら、叱ることになるのです。
しかし、それはすでに時遅しで、善悪基準は叱られた地点まで下がってしまっていることに気づかねばなりません。
子供たちの感覚には、ここまでわがまま身勝手な行動をしたら叱られるという事実が刻印されます。
反対に言えば、叱られた地点までは許される。
集団の感覚は確実に負の思考回路に陥ってしまいます。

このことは、学級にも個人にもそのまま当てはまります。
平たく言えば、普通に過ごしている姿を誉めておけば、普通に過ごしていくものなのです。
普通に過ごしていく頻度が高くなれば、それが通常となり日常の姿となるのです。
少々ぶれて羽目を外して叱られても、誉められている基準点がありますので、どこに戻ればよいか非常にわかりやすいのです。

極端な話が、いつも悪さばかりして叱られていた子に対して、普通に過ごしていれば、その姿を誉めればよいのです。
あくまでも極端な話ですが、少なくとも悪さをしていない状態、言い換えて普通に過ごしている状態を誉めることにより、行動の水準点を示してやるのです。そうすることにより、たぶんその子は、悪さをせず普通に過ごすことが多くなるはずです。
誉めて育てるの項で述べましたが、普通の状態の再現を願って誉める。その普通の状態を、学級開きの頃の良い意味での緊張状態と捉えれば良いだけのことです。

また、たとえ話として学級開きの頃を取り上げましたが、初めから継続的に行わなければならない指導でもなく、静かにしていたり集中している瞬間を捉えて、いつからでもどの地点からでも始められる指導であることは言うまでもありません。

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簡単なことほど難しい

 とても良いまとめだと思いました。ありがとうございます。
私は小学生や幼児とバドをすると、ラケットにシャトルを当てられただけで、凄いと言っています。子供は喜んで調子に乗ってもっとうまくできるようにと自然と頑張って、次第に上達しています。
 そうですね。スポーツだけではありませんね。勉強でも、片付けでもできなかったことができた時、簡単なことでも褒めるべきですね。仕事でもそうなのでしょう。新人はほとんど何もできません。コピーすら満足にできないのです。できた時、必ず褒めるべきなのでしょう。
 会社の管理職時代を思い出し、反省している次第です。時すでに遅し、南無阿弥陀仏です。

Re: 簡単なことほど難しい

kodera様
いつもコメントありがとうございます。
たしかに誉めることに積極的にならないと普通の状態を誉めることは難しいですね。良いお年をお迎え下さい。

Re: No title

minoru様
>ブログの中でいくつかパスワード入力しないと読むことのできない記事があるようですが、こちらの内容はご公開されていないのでしょうか

改訂を予定していますので非公開にしています。
それでもよろしければ、そしてご希望があればパスワードをお教えしますのでメールアドレスをお教え下さい。
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