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止まらない匿名性のいたずらは


靴隠しから落書きまで、誰がやったかわからない匿名性のいたずらに困り果てた経験は、先生ならば誰にもあるはずです。
靴が隠されて見つからないまま、代わりの新しい靴まで隠されてしまうことだって平気で起こってしまいます。

あるいは、人権侵害の内容を含む落書きが執拗に繰り返され、良心に訴え、止めるように指導を繰り返しても、一向に止まないこともあります。

そして、保護者からは学級での指導を問われ、担任は八方塞がりの窮地に陥ることになります

相手が見えないだけに、直接的な働きかけはできません。こうういった解決の糸口さえ見つけることが困難な匿名性の行為に、どう指導してやめさせるか。筆者の経験の中から、抑止効果の高いものをお伝えします。

匿名性の真の意味を理解させるステップと、発覚したときの責任のとらせ方を知らせるステップの二段階に分けて指導をします。


初めのステップ!
匿名性の真の意味を教える。


匿名での行為は、単に対象の相手を傷つけたり、仕返しをしたりするにとどまりません。
被害者は、特定できない犯人を特定しようと身近にいる者をすべて、学級であれば学級全員を疑いの目で見なければならないのです。
被害者にとっては、誰も信用できない状態です。

加えて、無実であるのに疑いの目を向けられた無作為に抽出した一人についてはどうでしょう。
被害者からは疑われているが、あらぬ疑いをかけられた自分も被害者といえます。
そして、同じく自分以外の全員を、疑いの目で見ることになってしまいます。

これが学級の人数分、正確には真犯人の一人分を差し引きますが、全員に当てはまります。
いいえ、学級だけにはとどまらないでしょう。学級から学年へ、事と次第によっては学校へと疑いの連鎖は広がるはずです。
つまり、犯人以外の全員が全員を疑いの目で見る環境ができあがるのです。
もっと言えば、被害者の自作自演だって疑えますし、まさかですが、先生だってその気になれば疑うことはできるのです。

これは、誰一人として例外なく先生ですら疑うことのできるまさしく疑心暗鬼の世界といえます。

犯人にとって見れば、対象の相手に何らかの打撃を与えようと、匿名での嫌がらせをしたわけですが、その打撃は相手だけにとどまりません。関わりのある人間関係をずたずたに引き裂く卑劣極まりない軽率なその行為は、学級や学年といった関わりのあるすべての人間関係を、疑心暗鬼の世界に引きずり込んでしまいます。

まだまだ人生経験の少ない未熟な子供たちが、この真実を知る由もありません。


次のステップ!
発覚したときの責任のとらせ方を知らせる。


匿名性の軽率な行為を行う者のすべてが、バレないと信じています。
ここで、バレていないと思ってもこの世の中に一人だけ見抜く者が存在する。
それは自分であるとの価値観を伝えるのも一法でしょう。

しかしここではもっと強烈に、これだけの説明を聞き、自らの軽率さとその愚行の反社会性に気づいてもなお繰り返すならば、発覚時には真犯人であるあなたの名前を、こういう集会の場で公表する用意があると宣言するのです。
実際に発覚した場合、宣言通りに公表できるか否かは、個別の事案によりますが、具体的な責任のとらせ方を予め知らせることにより、抑止の効果をねらうのです

もちろん、改心して密かに名乗り出た場合には、その情報は守秘することも伝えます。
それは、安心して名乗り出てよいという意思を伝えるというよりも、それほどに羞恥の愚行であり、打ち明けて謝っても簡単には許される行為ではないこと。
なにより被害者は多数に上っており、直接物理的な被害を受けた相手だけに謝罪をしても意味がないこと。
精神的な被害者は真犯人のあなた以外の全員であり、もし謝罪するならばこのような集会で壇上に立つ必要があること。

それは真犯人のあなたにとっても、あまりにもつらい状況であり、そういう状況は人にとって耐えがたいことである。

だから事実上謝罪は不可能であること。

つまり、謝りようのないことをしてしまっているという事実を強烈に印象付けるという意図も含ませて、名乗り出た場合に我々が守秘する意味を伝えるのです。

これら一連の諭しの狙いは、ただ一点。
現在継続中の匿名性の軽率な行為を止めさせることです。
正直さを求めて、名乗り出やすい環境を整備する目的はありません


それは、経験上からこういう匿名性の事案で名乗り出てきたためしは皆無に等しいこと。
名乗り出て、被害児童と加害児童を面会させ謝罪させても、先ほどから述べた理由で意味がないことに加え、たとえ謝罪させて表面上の人間関係を修復させたと指導者側が勘違いしても、やはり怨恨は増幅してしまうことが容易に想像できるからです。

それほど取り返しのつかない愚行を続けてしまっているという事実に対して、この公表する用意があるという宣言を、単なる脅しと捉えさせないためには、日頃から生起する様々な生活指導上の問題を、学級や学年全体に出来うる限り実名を挙げて返しながら、みんなに知らせて全体で考えて行く姿勢を培い、集団思考の素地を築いておく必要があります。

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実践者の言葉の力

 分かりやすい説明をありがとうございます。そうですね。生かすべき立場にある先生は何度もこの記事を読んで暗記すべきだと思いました。何時も軒先を汚してすみません。

Re: 実践者の言葉の力

kodera様

いつもコメントをありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
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